紅白歌合戦で"千の風になって"にメロディがつけられて歌われておりましたが、住職がこの詩をたいそうおきにいりで、法話にもよく使ってるようなのであります。
わたしの墓の前で泣かないで下さい
わたしはそこにはいません
ねむってなんかいません
わたしは千の風になって あなたの回りを巡っています
あるときはダイヤモンドのような雪のキラメキ
あるときは穀物にふりそそぐ陽光
秋の1日に静かに降る雨
そしてあなたが目覚める朝には
鳥たちを天高く押し上げる風
夜にはキラメク星たちの輝き
わたしの墓の前で泣かないで下さい
わたしはそこにはいません
わたしは千の風になって あなたの回りを吹きぬける
わたしは今 千の風
なるほど歌詞を読みますと、浄土真宗の法話の題材とするには、なかなかよい感じの詩であります。
私もこの詩を聴いたときに真っ先に思い出したのが白骨章の一節、
夜半の煙となしはてぬればただ白骨のみぞ残れり
でございました。
考えてみるとお墓って何なんでしょうねぇ?(^^;;;;
本堂にある阿弥陀如来"像"と同じで凡夫である私たちがわかりやすいように先祖への敬意の対象として物質化したものといった感じなのでしょうか?
これも、ある意味、方便なのかもしれません。
コメント (1)
なぜか1/5のところだけTB通ってました。
お墓は、親鸞聖人自身が、「加茂川の魚に…」と言われたぐらいですからね…。
昨年、母親の一周忌のとき、「墓石に水をかけるのは、仏教ではなく、『清め』をいう神道の習慣ですね」と教えてもらいました。
(市営墓地に、名前の書いた「マイ桶&柄杓」を置いてる人も多いですね)
投稿者: goldberg | 2007年02月06日 17:31
日時: 2007年02月06日 17:31