初七日なので、それなりのお話をと思い、泣くことについて少しお話をした。
お話を組み立てているときに思ったけども、あんなに泣きじゃくっていた子供の頃味わった悲しみと今味合う悲しみは、大人になってからのほうがかなり大きなものであるのに、なかなか泣けなくなってきているなぁと。
住職は親が亡くなったときに、我々に涙は見せなかったけど、どこかで泣いていたんだろう?
夜中の本堂の阿弥陀様の前で泣いていたんだろうか…
ふとそんなことを考えた。
来週は二七日。白骨章のお話をする予定。別の法事も一件あるので、そちらのお話も。
(自寺の報恩講も近いので、親鸞聖人に関するお話はそれまでしないでおこう…)