死だけではない、世の中には多様な苦しみがある。
その苦しみに耐える人の前では自分の存在や言葉が限りなく薄いものに感じる。
蚊帳の外から本当の中身は見えるのか?
ただ、この地が森であることを知るのには外から見るしか術は無い。
評論家が必要なのと同じくらい、僧は必要なのだ。
評論家が必要だと信じて生きるしかない。
P.S.事実、実際の経験談と思われるお話を通した法話はより心に残るような気がするんですよね。
坊さんなんて、むしろいろいろな社会的なことの経験は少ないんだよね、先生と一緒でさ。(今はサラリーマン坊主も多いから一概には言えないけど)
ただ、人の苦しむ姿を身近に感じるチャンス(?)には幸か不幸か恵まれているので、いろいろな人の苦しみに接して、森を見たり、蚊帳の外からでも中身が見えたりする能力を養っていかないとだめだね。