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白骨章について考える その2

ではまず、最初の部分とその口語訳から。ぶつぎりですが(^^;


夫(それ)、人間の浮生なる相を、つらつら観ずるに。
おほよそはかなきものは、
この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。
されば、いまだ萬歳の人身をうけたりといふ事をきかず、
一生すぎやすし。

前振りですね。

人間のはかない人生(浮生)を見てみると、
一生なんて物は本当にはかないもので、幻のようだ。
1万歳まで(もしくは永遠)の命を得た人なんてのは聞いたことも無いし、一生はすぐすぎてしまう。

一生のはかなさの強調、これでもかこれでもかと(^^;;
萬歳の意味は迷ったけどまぁこんなんで大きな間違いはないと思います。じゃぁもうちょっと。


いまにいたりてたれか百年の形體をたもつべきや、
我やさき、人やさき、
けふともしらずあすともしらず。
おくれさきだつ人は、
もとのしづくすゑの露よりもしげしといえり。

現在にいたるまで、100年間姿形が変わらずに生きている人なんかいないし、死が訪れるのは自分が先かもしれないしほかの人かもしれないし、それが今日かもしれないし明日になるかもしれない。
そうやって死んでいく人は、草の根のしずくや葉先の露の数よりも多い。

しげし の解釈をシンプルに繁しと取って多いということにしたけど"生と死の境の判断がつかない"と訳しているところもあり。

ともかく、白骨章、前半部分では、命ははかなくて、死というものはいつ訪れるのかも見当がつかないということを、くりかえし強調していると思ってもらえばいいと思います。

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2004年06月07日 09:54に投稿されたエントリーのページです。

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