« 見た目mifes風を狙いましたが | メイン | すっかり雰囲気が変わりました »

僧にあらず、俗にあり というタイトルについて

もともとは、僧にあらず、俗にあらずという言葉がありました。
これは、浄土真宗の開祖(本人はこう言ってはいなかったらしい)の親鸞聖人のことを言われる場合と、良寛さんについて語られるときの二つの場合に出てきます。

坊さんでもないけれども、俗人ではないです、という宙ぶらりんな状態を指しているかというと、そういう意味合いもあるけれども、理想と現実のはざまを行き来する自分を見てそう揶揄したとも。

親鸞の場合は比叡山から降りて法然の所へ行ったということで、僧にあらずと言ったのかも知れません。

このあたりの詳しい話は、おいおい勉強していくということにして、このblogのタイトルについて。

僧にあらず、はいまだ僧籍を持たないということを、そして、俗にありというのは、お寺に住まわず、サラリーマン生活を送っているということを、俗に"在り"というようにあらわしました。

本来の"俗にあらず"とうのは 自分に対して俗ではないということですが、このあたりをちょっともじってみました。

これがいずれ、僧であり、俗に在り となっていけるかどうか(^^;

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://coboo.homeip.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/392

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2004年04月05日 10:23に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「見た目mifes風を狙いましたが」です。

次の投稿は「すっかり雰囲気が変わりました」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。